田んぼに建っている5重の塔
これは通勤の車窓から見える5重の塔です。
近くには弥生時代の大仲遺跡があるので、初めは関連の施設かと思っていました。

画像をよく見れば、右側に非常階段が作ってある。
ネットで調べれば次のような記事が書いてあった
//以下HPより
■天長年間(約1200年前…平安時代初期)
弘法大師空海が御修行のため全国を行脚の砌り、播磨の国阿閇の里の路傍 に奇瑞を感じ、その地を錫杖でトンと突かれたところ光明遍照と光り輝く岩 が出現し、この地を信仰の拠点と定められました。後にこの里に播磨の元・ 中本山 光明遍照山無量寿院が建立されました。
巌光山円満寺は無量寿院の元塔頭寺院で弘法大師の開基であります。
■昭和46年
現住職亀田龍昇が入山。副住職として円満寺の経営に尽力し、昭和57年に 土山霊苑を開苑し、引き続き本堂客殿山門の建立、その際に晋山式を挙げ25世住職、亀田龍昇となり現在に至る。
■平成5年5月
播磨五重の塔(円満寺舎利宝塔)が完成し、各階には御本尊様をお祀りし、 納骨永代供養を行っています。
■境内には不動明王・修行大師をはじめ、茶之寿観音・ 夢現一願観音・十一面観音・水子地蔵他がお祀りされ、周囲には四国八十八ヶ所霊場が奉安されています。
また、日本庭園と霊苑の周囲には牡丹他四季の草花が咲き乱れ、参拝者の憩 いの場所となっています。
//
鉄筋の構造物で、エレベータで登れるが、右に見えるのは非常階段と言うことでした。
中身は納骨堂になっているとか。
平安時代に建てられた木製のお寺なら重要文化財になってあろうに、残念でした。
近くには弥生時代の大仲遺跡があるので、初めは関連の施設かと思っていました。

画像をよく見れば、右側に非常階段が作ってある。
ネットで調べれば次のような記事が書いてあった
//以下HPより
■天長年間(約1200年前…平安時代初期)
弘法大師空海が御修行のため全国を行脚の砌り、播磨の国阿閇の里の路傍 に奇瑞を感じ、その地を錫杖でトンと突かれたところ光明遍照と光り輝く岩 が出現し、この地を信仰の拠点と定められました。後にこの里に播磨の元・ 中本山 光明遍照山無量寿院が建立されました。
巌光山円満寺は無量寿院の元塔頭寺院で弘法大師の開基であります。
■昭和46年
現住職亀田龍昇が入山。副住職として円満寺の経営に尽力し、昭和57年に 土山霊苑を開苑し、引き続き本堂客殿山門の建立、その際に晋山式を挙げ25世住職、亀田龍昇となり現在に至る。
■平成5年5月
播磨五重の塔(円満寺舎利宝塔)が完成し、各階には御本尊様をお祀りし、 納骨永代供養を行っています。
■境内には不動明王・修行大師をはじめ、茶之寿観音・ 夢現一願観音・十一面観音・水子地蔵他がお祀りされ、周囲には四国八十八ヶ所霊場が奉安されています。
また、日本庭園と霊苑の周囲には牡丹他四季の草花が咲き乱れ、参拝者の憩 いの場所となっています。
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鉄筋の構造物で、エレベータで登れるが、右に見えるのは非常階段と言うことでした。
中身は納骨堂になっているとか。
平安時代に建てられた木製のお寺なら重要文化財になってあろうに、残念でした。
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