今から15年前、こんなボートでも操船免許は入りました。しかし船検不要と言う事で飛びつきました。当時の船検は出船港が限られていて、全国をカートップと言うわけには行きませんでした。あの頃このボートに乗るために、モヤイ結びやとか、筆記試験、その後の検定艇での実技試験やとか、ドキドキしながら受験したものです。この前身となるベニヤ号はさすが設計図が関釣りに出ていても、こぎ出す勇気はありませんでした。
重量僅か25kg、エンジンは10k足らずの1,9馬力空冷で、パンパンパンと独特のエンジン音を轟かせながら、釣り場に走ったものです。 何処に行ってもめずらしがられ、「危なくないんか?」とか「いくらするねん」とか尋ねられたものです。
乗っている本人は案外平気で、凪の日本海を3km位は沖に出ていました。沖に出るときは、兄弟船ならぬリトルでの船団を作り、安全には気を使っていました。この頃のフィールドは手こぎよりはチョット沖と言った具合で、あまりスロープとかは使っていなかったと思います。現在ではボート人口も増え、入門艇でもスロープや岸壁で無いと出船出来ない場合が多く、どうしても漁港に集中してしまいトラブルの元となっています。皮肉にも我が国は海に囲まれているにも関わらず、規制緩和になったはずのボートが思うように出せない状況が続いています。締め出しの圧力に対し、ミニボートも入浜権を主張する必要があります。
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